大沢俊介のブログ|SHITTAKA TOKYO

世の中を斜めの角度で歩く、大沢俊介の提供でお送りします。

僕も散歩とジャズが好きー下北沢にあるジャズバーposyの思い出

   

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たまに、一人で酒を飲みに行くことがある。

人と酒を飲んだ後に、飲みたりなさを感じたときにだけ、一人で飲むのだが、その日に入る店が決まらず、街をふらふらと巡ってしまうことがある。

下北沢に住んでいたときのこと。

僕は北口から歩いて10分ちょっとの場所に住んでいた。北口には数件、馴染みの店があるが、その日は新しい店に行ってみたい気分もあったから南口で降りて、飲み場所を探すことにした。

南口には大衆的な居酒屋や常連客の多そうな賑やかなスナック、小さなバーが多い。しっぽりと一人で飲みたかった僕は落ち着いて飲むことができそうなバーを探していたがなかなか見つからず、気づけば30分以上、うろうろと歩いていた。

街の雰囲気が遊び場から住宅街のような顔になりかけてきたので、駅の方向へ戻ろうかと考えていたとき、少し暗い、重厚感のある扉が目立つ店が目に入る。

「Jazz」という文字とビル・エバンスのイラストの描いてある看板があり、ジャズバーという文字も目に入る。その頃ジャズを聴き始めていた上に、下北沢のヴィレバンで「BLUE GIANT」買って読んでいた僕は、ジャズバーというものにいきたいと考えていたこともあって、緊張と興奮の混じった感情を携えて、重い扉を開いた。

お店の名前はposy。1973年から開いているお店だそうだ。店内はこじんまりとしたスペースで、席が10席程度。奥から賑やかな声がするから、階段の奥にもスペースがあるのかもしれないが、一人の僕には無縁だ。

(posyの外観。右側がposy)

店内に音楽は流れていない。音楽素人の僕でも見てわかる、高そうな、良さそうなスピーカーが一台、ずっしりと佇んでいる。

カウンターで座って少し待っていると、扉についた鈴が鳴った音を聞きつけて、一人の女性がやってきた。

年齢はやや高めだが、おばあさんというには若い印象の女性が出てくる。「何になさいますか?」と一言聞かれたので、とりあえずビールを頼むと、次に「音楽は?」と聞かれる。

「実は、ジャズは興味はあるのですが、あまり詳しくなくて」と伝えると、丁寧な口調で「好きな曲調とかはありますか?」と聞き返してきた。

「ピアノ、あとは歌の入ったジャズがいいです。なにかおすすめを流してもらってもいいですか?」とお願いすると、「マイ・ソング」(キース・ジャレット・カルテット)を流してくれた。

その中でも特に「Mandala」という曲が気に入った僕は、CDのジャケットをカメラで撮らせてもらい、その後もジャズが聞けるお店の話、おすすめのジャズアーティスト、ジャズの聞き方など、初心者らしい話を聞いた。

マイソングのジャケット

その日は時間が早くて、21時くらいに入ったのだが、22時くらいまでジャズの話を聞いていて、その後は逆に店主に質問を受ける。

「お仕事は?」と聞かれたので「ライターです」と伝えると、少し驚いた様子で「私、植草甚一というライターの方が好きで、知ってます?」とひとこと。不勉強すぎる僕は知らず、いえと答えると、植草甚一という方の話を教えてくれた。

植草甚一は、ジャズ好きのライター。元々東宝に勤めていた彼は、映画評論を書き続け、その後ミステリーやジャズを描き、文化人の中でも人気の存在となった。

posyの店主は、彼が年を取ってからジャズを好むようになり、ジャズで物書きをしていることに関心を持っていて、よく読んでいたそうだ。

その後、僕は下北沢の古本屋で植草甚一の書籍を何冊か買い、古本屋に行くたびに彼の本を探すようになった。

この話を思い出したのが、つい昨日。僕が好きな作家、沢木耕太郎の「バーボンストリート」を読み返していたときのことだ。

「バーボンストリート」を人に贈ったのだが、その贈ったバーボンストリートを、ふと読みたくなってパラパラと目次を眺めていた。すると「僕も散歩と古本が好き」という、なんとなく見たことのあるタイトルの一節がある。

妙にひっかかった僕はその一節を読み進めた。すると、沢木耕太郎は「植草甚一氏をよく見かける」という。そして「植草甚一氏の没後、その著書を受け取った」とも書いている。なんと僕はジャズバーに行く前から植草甚一に触れていたのか、と感心してしまったし、何より大切に読み込んでいるバーボンストリートに出てきた作家や人名をあっさり忘れていたことにも驚いた。

そして沢木耕太郎のその一節を読むと、どうやら植草甚一に影響を受けたエッセイが数節あることもわかる。このエッセイのタイトルも、植草甚一の「ぼくは散歩と雑学がすき」に由来している。

Amazonより「ぼくは散歩と雑学がすき」

posyの店主が僕に植草甚一をお勧めしてきたのは偶然ではないようで、なんとも嬉しい気持ちにひたってしまった。

そのお店ではかなり心地のいい時間を過ごせて、結局ビールを2杯頼んで帰った。23時までで閉まるお店なので、その後は時間が合わずに行けていない、あるいは入ろうとしてもしまっていたのだが、店主も一人で30年以上店を続けている。好きな店が減ってしまうのは悲しいことだし、そろそろ訪ねてみようと考えている。

*他に書いたジャズの話

「深夜のバーで出会うジャズだけがジャズじゃない、アニメ「坂道のアポロン」」

94年2月生まれ、雑司が谷在住のフリーランスライターです。レオパレス21やヤフーのオウンドメディア、テッククランチでのライターをやっています。あとはIoT/DIY/ライフスタイルなど幅広めの連載をやったりしています。エッセイスト志望
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