大沢俊介のブログ|SHITTAKA TOKYO

世の中を斜めの角度で歩く、大沢俊介の提供でお送りします。

仕事は楽しいと思いすぎると仕事楽しくなくなるという話

      2017/06/12

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不思議な話で、仕事を楽しんでいると、今度は仕事が全く手につかなくなるシーズンがある。

これは他の人に共感されるのかはわからないし、もしかしたら自分の精神性がおかしいのかもしれないが、わからないままに書いている。

うわ!仕事楽しい!とドーパミンが出まくっている。そういうときにはもちろん一瞬で仕事が片付く。それに楽しい。

楽しいことでお金がもらえるなんて、なんて最高なことだ。そう考えて生きていける。

しかし、そのうち「仕事大変」っていう思考になり、手につかなくなることがある。

なんで普段は楽しい仕事がつまらなくなるのか?と不思議に思い、考えてみるといくつかの要因が明確になってくる。

つまらないのではなくて、余裕がないだけ

たしかに楽しいのだが、時間がかけられないと精神的にきつい。プロジェクトアリストテレス的なものが証明している。

*参考:「グーグルが突きとめた!社員の「生産性」を高める唯一の方法はこうだ

それに、僕の仕事はつくることだから、つくることに時間をかけられないのはたしかにストレスになる。そのためには前倒しで仕事をしたり、そもそもいい仕事をするためのバッファタイムを設けておく必要があるだろう。それはラキブラの下津曲さんも書いているけどそうだと思う。

いい仕事をするために「時間的余裕」は不可欠。

下津曲さんが森博嗣さんのエッセイを紹介しているけれど、僕も以前「森博嗣的」と言われたことがあって、彼のエッセイを色々と読んでみたことがある。何が森博嗣的なのかはわからなかったけれど森博嗣さんのエッセイはすごくハマって、おそらくほとんどの本を持っている。ちなみに小説は読んでいないが「すべてがFになる」や「スカイ・クロラ」などが有名で、エッセイは「「やりがいのある仕事」という幻想」と「小説家という職業」がおすすめ。

「やりがいのある仕事」という幻想」は、特に今回のテーマにも共通する内容で「仕事をするためのマインド」として、僕にはこういうスタンスがあっていると思えるものだった。実直に頑張ろう的な。

仕事に違う楽しさを期待している

あとは、仕事が楽しいあまり「娯楽」的な楽しさと混合してしまっている節がある。元来娯楽・エンタメが大好きな僕は、漫画やアニメ、映画などが大好き。日常からそういうものを消費しまくっているのだが、それらから受ける楽しさと仕事の楽しさを混ぜてしまう。

すると、仕事の楽しさって成果が出た時や何かが出来上がったときで、受け取る楽しみではなかったりする。その結果に至るまでのプロセスも娯楽のように楽しもうとしすぎて、どうやらつまらなさを感じてしまっている。

だからたまに「仕事は仕事」と割りきろうと思って仕方なく仕事していると、その後ですごく達成感ややりがい、魅力に満たされたりする。

もっと高く志をモテという気もするが、仕方ない。娯楽と同じような楽しさを仕事に求める脳なのだ。愉快ではないか。成果が出たあとや納品後にそういう思考になるから、インフレ脳だと思っていて、それをおさえるために色々なことをことをしなくてはならない。やっかいな脳である。

主に「人と話しすぎない」だったり「自信を失う」だったり「ビートたけしの名言を読む」だったりする。禅の修行にでも出たほうがいい気がする。

けっこうテンション上がり、焦り、口が先行してしまうたちなので、もうすこし落ち着いて生きたいところだ。

仕事も楽しい。だけどそれは実直に仕事をしているときであって、娯楽的な派手な楽しみではない。実力が上がること自体が幸福度につながるし、色々なプロジェクトは参加することではなくて成立して、成果ができたときに楽しみがある。

ということで仕事をしてこようと思う。

94年2月生まれ、雑司が谷在住のフリーランスライターです。レオパレス21やヤフーのオウンドメディア、テッククランチでのライターをやっています。あとはIoT/DIY/ライフスタイルなど幅広めの連載をやったりしています。エッセイスト志望
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